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パッパーノに聞く ~ロンドン交響楽団2026 インタビュー~

サー・アントニオ・パッパーノのに聞く ロンドン交響楽団2026

もう2シーズンが過ぎたなんて信じられません。彼らと一緒に音楽作りに勤(いそ)しんでいたら、瞬く間に時が経っていました。LSOとは首席指揮者に就任する前から懇意にしていましたが、どんなオーケストラも、日常的に仕事を共にしてみないと、真の特性はなかなか見えてきません——そしてLSOには、なんとも素晴らしい特性がそなわっていました!

©John Davis
©Mark Allan

特に私が感銘を受けているのは、彼らの音楽に対する深い献身です。楽員たちは、ただ準備を整えて稽古や公演にのぞむだけでなく――もちろん、彼らの準備は常に万全ですが――、好奇心が旺盛です。皆が意欲満々で、積極的に演奏に関わり、疑問を投げかけ、貢献し、何か別のことを試してみようとします。「この音楽を作り上げていくのは自分たちなのだ」という当事者意識が、とてつもなく高いのです。誰もが舞台上で起こることに責任を感じており、その姿勢が、厳しくも刺激とインスピレーションに富んだ雰囲気を生み出しています。

LSOの魅力について。私は今でも、この楽団を目覚ましい音楽的個性の集合体と捉えています。周知の通り、LSOは桁外れのヴィルトゥオシティを誇りますが、その強みが人間味を失うことは決してありません。各セクションに独自の性格があり、どの首席奏者も独特な“声”を有していながら、それでもなお、個々の声が一つに溶け合います。完全なる均一性によって名演を繰り広げるオーケストラもありますが、LSOの場合、その名演を支えているのは、楽員一人一人の強烈な個性と、互いの音を聞き合おうとする揺るぎない意志です。要するにLSOは、ぬくもり、想像力、色彩感覚、そしてユーモアをそなえた、実に人間的なオーケストラなのです。私は首席指揮者として、その美点を活かそうと努めつつ、LSOの熱烈なファンの一人として、彼らの長所を隅々まで堪能しています。

私にとってマーラーの《復活》は、あらゆる音楽の中で、最も壮大な“旅”を味わわせてくれる作品の一つです。

この交響曲で、マーラーは死と真正面から向き合っています。悲嘆、恐怖、疑念、絶望——それらすべてと対峙しているのです。しかし、この曲の類まれな素晴らしさは、決して安易な答えを差し出さないという点にあります。マーラーは、死を取り巻くあらゆる感情を巡る旅へと私たちを連れ出し、最後に、あの圧倒的な“肯定”に至ります。

とりわけ私の心を動かすのは、この交響曲の人間的な側面です。人間のあらゆる経験を丸ごと包含している音楽と言えます。私たちの弱さも、ユーモアも、優しさも、恐れも、切なる憧れも……。終楽章で合唱が加わるときにも、大袈裟な劇的効果は感じられません。むしろ、人間という存在そのものが自らの声を見出したような印象を与えます。 私が思うに、この交響曲が表現しているのは、宗教的な意味での復活に限られません。それは、最も広い意味での再生をめぐる物語なのです。苦しみの後に希望を見出せるのか? カタストロフの後に力を取り戻せるのか? そのような問いかけは、いつの時代にも決して色あせません。

ダイが作曲家として発する“声”には、刮目すべき個性があります。独特な想像力に恵まれた同時代の作曲家を聴衆に紹介する機会は、いつもエキサイティングです。

とりわけ私が敬愛しているのは、ダイの音色や響きの質感に対する研ぎ澄まされた“耳”です。彼は、新鮮で驚きに満ちた音風景を、実にダイレクトな手法で表現します。それは極めて特殊な才能だと思います。

現代音楽は、私たちの健全な音楽生活に必要不可欠です。優れたオーケストラは、過去の傑作を保存するだけでなく、今日の作曲家たちを擁護する責任も果たさなくてはなりません。どんな偉大な傑作も、かつては誰かがその価値を信じなければならなかった“真新しい現代曲”だったのですから。

往々にして聴衆の心は、新しい音楽に対して、私たちが想像しているよりもいっそう広く開かれているものです。初演者が意欲と信念と情熱を持って新作と向き合えば、聴衆は快くその旅に寄り添ってくれることでしょう。

©SISI BURN

(提供:KAJIMOTO)